私たち一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)は、アニメ業界の従事者およびアニメファンにより構成される団体です。
日本政府が基幹産業の一つと位置づけるコンテンツ産業の一翼を担うアニメ業界の立場から、本中間報告書(案)に対して、以下の通りパブリックコメントを提出いたします。
1.個別意見
(1)生成AIの文化産業への影響について
報告書では、生成AIの社会的インパクトが強調されていますが、著作物の無断学習、権利侵害、収益源の喪失といったリスクに対する認識は極めて限定的であるように感じられます。
特に、「クリエイターへの補償なきデータ利用をデフォルトとする法解釈」に対して、深い懸念を抱いております。
NICTがAI研究を支援するにあたっては、オプトアウトの権利の明確化を含む著作物の使用に関する透明かつ公正なルールの整備を明記すべきであると提案いたします。
(2)多言語翻訳技術について
翻訳エンジンの推進が防災や観光の分野で有益であることは、私たちも評価しております。
しかし一方で、日本のアニメをはじめとするコンテンツに内在する言語表現や空気感、文化的含意の翻訳には特有の難しさが存在します。その点についての議論が本報告書において十分に展開されていないことは、極めて重要な課題であると考えます。
多言語翻訳技術のコンテンツ分野への応用に際しては、以下の三点を提案いたします。
① 文化翻訳における品質指標の新設
② 翻訳家や言語学者など有識者による委員会の設置
③ 教育・文化機関との連携体制の構築
(3)ディープフェイクのコンテンツ産業への影響について
ディープフェイクの犯罪的利用に対する警戒については、本連盟も深く共感するところです。
改めて申し上げますが、コンテンツ産業を真に基幹産業として位置づけるのであれば、ディープフェイクによる既存作品/人物のなりすましや、無許諾の作風/画風/声質等の利用によるブランド毀損への対策は極めて重大な課題であり、新たな情報通信技術戦略においても明記されるべきです。
具体的には、以下の施策を提案いたします。
① コンテンツの出所を確認する技術(電子透かし・ハッシュ照合等)の実装支援
② 偽動画の早期削除を可能とするスキームの構築
③ 文化産業向けのフェイク対策に関する指針の策定
(4)社会実装の対象領域について
社会実装支援の対象領域として観光や医療などが挙げられておりますが、年間3兆円超の規模を誇るアニメ産業が一度も明示的に対象として言及されていないことは残念です。
ICT技術の社会実装領域には、「アニメをはじめとするコンテンツの字幕生成」「日本のどこに住んでいてもクラウド上にデータを保管しながらクリエイターが作業できる環境の整備」「視聴のバリアフリー化」などが含まれるべきであり、戦略的支援対象としての明記を強く提案いたします。
(5)生成AIの「ハルシネーション」がアニメ文化に及ぼす影響について
報告書では、生成AIによる「ハルシネーション(事実と異なる出力)」の危険性が言及されています。
しかし、言語的なハルシネーションにとどまらず、映像分野における「非現実的・破綻した動き」や「身体構造・空間感覚の崩壊」といった、アニメーションに特有の視覚的ハルシネーションにも、十分な検討が払われるべきであると考えます。
とりわけ近年では、「一見それらしく見える」AI生成アニメーションが大量に流通しており、国民がそれらに慣れてしまうことで、本来なら作画監督や演出家によって修正されるべき不自然な映像表現を、違和感なく受容してしまうおそれがあります。
また音声面においても、「なんとなくそれらしく聴こえる」合成音声が氾濫することにより、文化的・職能的な判断基準が揺らぎかねません。映像文化における「美的基準」そのものが変容し、作画や演出といった熟練技術の社会的評価が困難となる深刻な事態を招くおそれがあります。
それは日本のアニメ産業の持続可能性にとどまらず、国民の感性や認識能力の変質に直結する極めて重大な課題です。
よって、技術戦略の中長期的な計画においては、AIの便益のみならず、視覚/聴覚表現の文化的信頼性を守るという観点を中核に据えた戦略が必要不可欠であると考えます。
2.アニメ産業の立場から、我が国の情報通信戦略に望むこと
本稿で述べた各論点は、単なる個別技術の是非にとどまらず、我が国の情報通信戦略が、どのような文化的価値と倫理的基盤に立脚するべきかという問いと直結しています。
今後の戦略形成においては、技術革新を支える制度設計が、文化産業の持続可能性や人間の創造性といった価値といかに調和するかを問う視座も必要ではないでしょうか。
本報告書が、「人間中心のAI社会」の基盤を形づくるという明確な意思のもとで策定されることを、強く希望いたします。
本連盟は、「人間中心のAI社会」の理念には、当然ながらクリエイターの著作権をはじめとする人権を尊重した生成AIの規制と支援の在り方が不可欠であると考えます。
文化がAIに奉仕するのではなく、AIが文化に奉仕する技術であるべきです。
単なる倫理指針にとどまらず、文化・創作・表現を重んじ、すべての個人の尊厳を守るという広義の人間中心主義こそが、技術戦略の根幹に据えられるべきであると強く願っております。

