「デジタルアーカイブ戦略2026-2030(仮称)」

1. はじめに

一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟(NAFCA)は、日本のアニメ業界の利益を守り、業界の持続的発展を支援する立場から、政府が推進する「デジタルアーカイブ戦略2026-2030(仮称)」について意見を表明いたします。

デジタルアーカイブは、日本の文化資産を未来に残し、国内外の研究・創作活動に資する重要な取り組みです。

しかし、その推進においては、クリエイターの権利保護(生成AIのデータセットからのオプトアウトの権利を含む)、業界の健全な発展、そして収益構造の維持を考慮しなければ、結果的に文化産業の衰退を招く可能性があります。以下、具体的な提言を述べていきます。

2. デジタルアーカイブ政策におけるアニメ業界の特性と課題

日本のアニメ業界は、映像コンテンツの制作と商業的活用を前提とした独自の経済構造を持っています。

従来のアーカイブ対象である歴史資料や学術文献とは異なり、アニメ作品は著作権・商標権・契約による使用制限など、権利関係が複雑に絡み合っています。

さらに、アニメはグッズ・パッケージ販売、放送・配信、海外展開など多様な収益源を持ち、これらの収益が業界の持続性を支えています。このため、様々な利益代表者に配慮したデジタルアーカイブ政策が求められます。

また、デジタルアーカイブの整備にあたっては、完成作品だけでなく、制作過程における資料(いわゆる『アニメの中間素材』)の保存および活用にも注力するべきです。セル画・背景画・原画・レイアウト・台本・設定資料・絵コンテなどは、デジタルアーカイブの対象としても体系的な収集と保存を進めるべき国の財産です。しかし一般に公開するべきものではないため、その権利処理と公開範囲については業界関係者との綿密な打ち合わせが必要です。

ついては、国が制作会社やクリエイターと協議してデジタル化のためのガイドラインを設けるとともに、補助金制度などで制作現場での負担を軽減していただくことを希望します。

制作資料のデジタル化データを「研究・教育目的」として活用できる仕組みを構築することは次代のクリエイターのためにも有益です。

国公立の文化機関にもご協力をいただき、速やかに散逸・劣化が懸念される資料の救済措置を実施するべきです。

長期的なアーカイブを考えれば、アニメについて専門的な知識を持った学芸員の育成が急務であるとも言えるでしょう。

3. 政府のデジタルアーカイブ戦略に対する提言

(1) 権利処理の簡素化と専門支援体制の構築

政府は「簡素で一元的な権利処理」を推進するとしていますが、アニメ業界では製作委員会の解散による権利の分散、音楽や声優の二次利用制限などがあるため、単純な権利処理では対応できません。

よって、アニメ・映像コンテンツ専用の権利処理ガイドラインを策定し、クリエイターや制作会社が適切に判断できるようにするべきです。

また、デジタルアーカイブ推進のために、「アニメや実写映像専門の権利相談窓口」を設置し、分散した権利処理の調整を支援と提案します。

権利者不明コンテンツのアーカイブ利用に関しては、業界の各種団体やクリエイターと連携し、事後的な収益分配の仕組みを構築することで、無断利用を防ぐべきです。

(2) 無償公開の範囲と収益還元の仕組みの明確化

デジタルアーカイブでは「コンテンツのWeb公開」「二次利用条件の整備」が掲げられていますが、アニメ業界においては無償公開の拡大がビジネスモデルの崩壊を招く可能性があります。

よって、「学術・研究目的の公開」と「商業的利用」を明確に区別し、商業利用には許諾・収益分配の仕組みを導入するべきです。

また、国のアーカイブ機関がアニメを保存・公開する場合、制作会社・権利者と協議し、適切な公開範囲を決定するプロセスを義務化するべきです。

さらに、公開コンテンツの閲覧データや活用状況を権利者にフィードバックし、IPのマーケティング活用を可能にするべきと考えます。

(3) 「商用目的ではないコンテンツとの連携優先」の方針の再考

政府の戦略案では、ジャパンサーチのオープン化推進として「専ら商用目的ではないコンテンツとの連携を優先」するとの記載があります。しかし、アニメ業界では商業コンテンツが文化の中心を担っており、商用コンテンツの排除は文化産業の振興と矛盾します。

コンテンツを国の基幹産業へすると掲げる国家のプロジェクトの本来の姿は、商用コンテンツのデジタルアーカイブ参加を排除せず、「文化的価値を持つ商業コンテンツ」として適切に位置づけることではないでしょうか。

また、商業コンテンツのアーカイブ利用においては、国が一定のライセンス料を支払う仕組みを導入し、コンテンツホルダーの利益を守るべきことは言うまでもないはずです。

ジャパンサーチにおいて、商用コンテンツと非商用コンテンツを適切に分類し、ユーザーが検索時に区別できる仕組みを構築されることを期待します。

(4) メタデータの標準化と業界との協力強化

メタデータ整理やオープン化の推進に期待しますが、アニメ業界におけるメタデータは膨大で、スタッフのクレジットだけでも相当な数に上ります。

さらに、一話ごとの制作体制の違いや、海外市場の需要を考慮したデータの標準化(例えば映像や音声のフォーマットや公式な翻訳言語など)がアーカイブされる必要があります。

ついては、アニメ業界向けのメタデータ標準仕様を策定し、作品情報・権利情報・収益化情報を統一フォーマットで管理できるようにするべきと提言します。

さらに、メタデータの検索についての多言語対応を強化し、日本のアニメ作品の海外展開を促進してほしいと思います。

そのために、アニメ業界と行政が共同で「アニメデータの標準化のための会議体」を設立し、メタデータの整備を進めるべきと考えます。-

(5) デジタルアーカイブ戦略の意思決定に、アニメ業界関係者の正式参加を

また、「デジタルアーカイブ戦略懇談会」や「デジタルアーカイブ推進に関する検討会」が司令塔として位置づけられていますが、国の基幹産業として期待されるコンテンツ業界のアニメ業界の代表者が意思決定の場に参加していない点は大変残念です。

デジタルアーカイブの当事者であるコンテンツ産業の代表者、特に現場のクリエイターを最低でも複数名、政府のデジタルアーカイブに関する政策会議に正式に参加させてほしいと思います。

4. おわりに

デジタルアーカイブの推進は、日本の文化的資産を未来に残すために重要な取り組みですが、アニメ業界の特性を考慮しなければ、文化の持続可能性を損なう結果となりかねません。

特に、デジタルアーカイブの推進が生成AIによるコンテンツ業界の「被害」を拡大させる結果になっては本末転倒です。

政府には、アニメ業界の声を反映し、文化産業の健全な発展を支えるデジタルアーカイブ政策の策定を強く求めます。

NAFCAは、今後も業界の利益を守るため、政府との対話を積極的に進めていく所存です。