「ビジネスと人権」に関する行動計画改定版の原案についての意見

外務省より募集のありました「「ビジネスと人権」に関する行動計画改定版の原案についての意見募集」に対して、NAFCAより提出したパブリックコメントを公開します。

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「ビジネスと人権」に関する行動計画改定版の原案についての意見募集

第1章 行動計画

第1章は、行動計画改定の背景と国際的枠組みを整理しているが、日本の基幹産業と位置づけられているコンテンツ産業、特にアニメ業界の実情を十分に反映していない。

とりわけ重大なのは、「ビジネスと人権」基準に適合するガイドラインが、コンテンツ産業には現時点で存在していないという事実を一切明記していない点である。

現行案は、政府・民間が策定した一般的ガイドラインを前提としているが、アニメ業界をはじめとする文化・クリエイティブ分野では、人権リスクの性質、契約形態、著作権構造等が他業界と異なる部分も多い。

したがって、既存ガイドラインをそのまま適用する行動計画は、制度的空白を温存するものであり、改定の意義を十分に果たしていない。以下の点について修正・追記を求める。

1.コンテンツ産業向けガイドライン未整備の明記

コンテンツ産業、特にアニメ業界において、ビジネスと人権の基準に適合するガイドラインは現時点で存在しない。

当該産業では、製作委員会方式の下で資金拠出企業、制作会社、配信事業者などが多層的に関与し、権利と責任の所在が分散・交錯している。

この多重下請構造のもとでは契約経路が長期化・不透明化し、フリーランスをはじめとする制作者の交渉力は著しく弱い。

さらに、法令遵守よりも「業界の慣例」を優先する傾向が根強く、一般的ガイドラインの運用が困難である。

このような実態を踏まえずに策定された行動計画では、文化産業固有の人権リスクを適切に把握・低減することはできない。

したがって、第1章にはガイドライン不在の現状と慣例依存による構造的硬直性を明記し、コンテンツ産業(アニメ業界)向け独自ガイドラインの策定を制度的課題として位置づけることを求める。

2.国連人権理事会によるアニメ業界への勧告を無視している点

国連人権理事会やその関連部会は、アニメーターをはじめとした業界従事者の過重労働、若年層の低報酬、下請構造の不透明さなどを人権リスクとして国際的に指摘してきた。

にもかかわらず、本章ではこれらの勧告や政府の対応経過に一切触れられていない。

国際社会の指摘を背景に含めないまま、国内制度の進捗のみを強調するのは、行動計画としての国際的整合性を欠く。

3.コンテンツ産業における内外からの加害リスクの明記

他産業と比較して、アニメ業界をはじめとする文化・クリエイティブ分野は、外部(脅迫、殺害予告、ストーキング、過度なカスタマーハラスメント、SNS等における誹謗中傷)および内部(同業者間のパワーハラスメント、性暴力など)による加害リスクが高いことが認められる。

これらは単なる労働安全衛生の問題にとどまらず、人権侵害の領域に属する。

したがって、フリーランスを含む関係者に対する予防・通報・救済体制を前提とする政策課題として、第1章に外部・内部双方の加害リスクを明記することを求める。

4.フリーランス・委託契約者への安全配慮と契約上の保護の欠如

アニメーターや声優の多くは個人事業主として契約しており、製作委員会や声優の所属事務所が安全確保義務を負わない構造が放置されている。

また、著作権や著作者人格権等を実質的に放棄させる不公正契約が広く存在している。

このような「知的財産権が十分に守られていない契約慣行」は、ビジネスと人権の理念に反し、クリエイターの経済的・人格的権利を侵害している。

現行案では、この構造的問題への対応は困難であり、別途の制度的手当てが必要である。

さらに、フリーランスや委託契約者は、正社員と異なり、職務遂行に必要な教育や研修を受ける機会が制度上確保されていない。 しかし、労働形態にかかわらず、技能の維持・向上および安全な業務遂行のための教育を受ける権利は、すべての労働者に等しく保障されるべきである。 これはコンテンツ産業に限らず、あらゆる分野に共通する人権的基準であり、政府の行動計画には、「フリーランスも教育を受ける権利を有する」旨を明確に位置づけることを求める。 現行案では、この構造的問題への対応は困難であり、別途の制度的手当てが必要である。

5.生成AIに関する新たな権利・倫理リスクの背景化

生成AIの急速な普及に伴い、無許諾学習、画風・作風模倣、声のなりすまし等により、知的財産権・人格権・職業倫理に関する新たなリスクが顕在化している。

これらのリスクを第1章の背景として明記し、後続のAI関連施策は、これらの課題に的確に対応できる内容として策定されなければならない。
創作者の権利保護を軽視した技術推進は、文化的基盤そのものを損なうおそれがある。

以上を踏まえ、第1章には、

  • 1.「ビジネスと人権」基準に耐えうるガイドラインがコンテンツ産業に存在しない現状の明記
  • 2.国連勧告とその対応経過の明確化
  • 3.コンテンツ産業における内外からの加害リスクの指摘
  • 4.慣例依存と構造的硬直性への対応

を明示することを求める。

第2章 優先分野(意見)

第2章では、優先的に取り組む人権課題が整理されているが、コンテンツ産業に特化した実効性ある対応策が十分に示されていない。

第1章へのコメントで指摘したとおり、アニメ業界をはじめとする文化・クリエイティブ分野は、他産業に比して法令遵守よりも慣行を重視し、多重下請構造など複雑な取引形態が主流である。

このため、既存の一般的枠組みではリスク管理が困難であり、今後はコンテンツ産業を対象とする独自の「ビジネスと人権」ガイドラインを策定し、その実施を行動計画に明記することを求める。

1. フリーランスおよび下請構造を前提とした人権デュー・ディリジェンスの明記

アニメ業界は、製作委員会方式のもとで多重下請構造と個人委託契約が主流となり、長時間労働・低単価・契約不備が恒常化している。

近年は、現場のアニメーターや制作会社に膨大な負担を強いる過剰な発注も深刻化している。

制作スケジュールの逼迫と人員不足の中で、現場は休息も報酬も確保できないまま、「利益なき繁忙」状態に追い込まれている。

この状態は、責任を末端に転嫁し、人間らしい労働条件を恒常的に奪うものであり、「ビジネスと人権」の観点から見て重大な人権侵害に該当する。

したがって、フリーランスや個人事業主を含む事業関係者全体を人権デュー・ディリジェンスの対象として明記するとともに、製作委員会・出資企業・放送事業者等の発注側にも、適正な発注量、スケジュール設定、契約遵守に関する責任を課す必要がある。

政府は、これらを前提とする横断的ガイドラインの策定と、雛形契約書・自己点検ツールの整備を進め、その履行を確保すべきである。

2. 生成AIと著作権・人格権、AI倫理の観点の強化

現行案ではAIを技術革新の一要素としてのみ扱っているが、実際には無許諾学習や画風・作風模倣、声のなりすましがクリエイターの権利と尊厳を侵害している。

 「AI・テクノロジーと人権」分野に、著作権・倫理・透明性を中心とする小項目を新設し、学習データの適法性の担保、生成物識別制度の導入を求める。

3. 暴力・脅迫・カスタマーハラスメントからの安全確保

 制作現場や出演者に対する脅迫・ハラスメント事例が多発している。委託元企業や製作委員会が安全配慮義務と危機対応責任を共有することを明文化すべきである。

4. 公共調達・補助金への人権配慮の適用拡大(アニメ町おこし・文化イベントを含む)

 アニメを活用した町おこし、コスプレイベント、聖地巡礼などの文化事業においても、公共調達と同等の人権監視・審査基準を適用すべきである。

 行政・観光協会などの主催側に人権デュー・ディリジェンスの実施報告義務を課し、改善指導・情報公開を行う体制を構築することを求める。

5. 救済アクセスの実効性確保

フリーランスや委託契約者は通報制度を利用しづらく、裁判にも高い障壁がある。

被害者が早期かつ公正に救済を受けられるよう、相談・調停・支援を含む多層的な救済メカニズムを行動計画の理念段階から明確に位置づけることを求める。

以上、コンテンツ産業における人権尊重を理念にとどめず、制度的に担保する枠組みの確立を強く求める。