パブリックコメント「「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に関する意見」

文化庁より募集がありました「AI と著作権に関する考え方について(素案)」に対して、NAFCAより提出したパブリックコメントを公開します。

目次

第1 はじめに

第2 「2.検討の前提として」について
1 「(2)AIと著作権の関係に関する従来の整理」「イ 法第30条の4の対象となる利用行為」(本素案8頁)について
2 「(2)AIと著作権の関係に関する従来の整理」「ウ 『享受』の意義及び享受目的の併存」(本素案8頁)について

第3 「3.生成AIの技術的な背景について」について
1 「(3)AI開発事業者・AIサービス提供者による技術的な措置について」(本素案11頁)について

第4 「4.関係者からの様々な懸念の声について」について

第5 「5.各論点について」について
1 「(1)学習・開発段階」「ア 検討の前提」「(ア)平成30年改正の趣旨」(本素案15頁)について
2 「(1)学習・開発段階」「イ 『情報解析の用に供する場合』と享受目的が併存する場合について」(本素案16〜18頁)について
3 「(1)学習・開発段階」「エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について」「(イ)アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて」(本素案20〜21頁)について
4 「(1)学習・開発段階」「エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について」「(エ)本ただし書に該当し得る上記(ウ)の具体例について」(本素案22〜23頁)について
5 「(1)学習・開発段階」「エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について」「(オ)海賊版等の権利侵害複製物をAI学習のため複製することについて」(本素案23〜25頁)について
6 「(1)学習・開発段階」「カ AI学習に際して著作権侵害が生じた際に、権利者による差止請求等が認められ得る範囲について」「(イ)学習済みモデルの廃棄請求について」(本素案26〜27頁)について
7 「(4)その他の論点について」(本素案36頁)について

第6 最後に

第1 はじめに

まずは、文化審議会著作権分科会法制度小委員会における生成AIと著作権に関する度重なるご議論の実施、公開及び取りまとめに敬意を表するとともに、この度、一般の意見を募っていただいたことに感謝を申し上げます。

私たちは、アニメ業界に山積する課題を解決に導くために設立したアニメの業界団体です。プロデューサー、監督、アニメーター、声優など、業界内の様々な職種で活動している者が集まって運営・活動をしております。そのような業界団体として、ここに「AIと著作権に関する考え方について(素案)」(以下「本素案」といいます。)に対する意見を述べさせていただきます。

本素案が公表される前ではありますが、2023年6月に私たちが行った「アニメ業界を対象としたAIに関する意識調査」では約3週間で3,854件の回答が集まるなど、生成AIの問題はアニメ業界に関わる人々にとっても大変な関心事です。

その結果を見ても、実在する人物等の外観や声等の改変に対しては規制するべきという回答が多かった(81.1%)のに対し、実在する街並みなどを撮影した画像を絵画にするなどのAI活用は規制すべきでないという回答も比較的多くあり(34.8%)、生成AIによる業務効率化等への関心を抱きながらも、越えてはいけないラインを踏み越えられてしまうことへの忌避感が明らかとなりました(詳細:https://nafca.jp/survey01/)。

このように、生成AI技術は、使い方によってその是非、印象が大きく変わります。本素案の中に記載された様々な事項についても、多くの人の意見が十分に取り入れられ、多くの人にとって納得感のある結論が提示されることを切に希望いたします。

なお、以下では特に言及しない限り、条文番号は著作権法の条文を示しています。

第2 「2.検討の前提として」について

1 「(2)AIと著作権の関係に関する従来の整理」「イ 法第30条の4の対象となる利用行為」(本素案8頁)について

30条の4で許容されている利用行為は、あくまでも「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」(=非享受目的)であることを前提とするところ、30条の4で許容されている利用を認めたとしても、享受の目的(端的に言えば、作品を楽しむ目的)で著作物を利用する人から対価回収の機会は残り続けるため、著作者の利益が害されることはないということが、30条の4が正当化される背景として記載されていると理解しています。

たしかに、非享受目的と享受目的を区別して、非享受目的での利用を認めても、享受目的の利用から対価回収が可能であるという論理は、机上の議論としては理解できるところです。ある作品が機械学習(情報解析)に用いられたとしても、その作品の表現を楽しむ目的での利用行為から対価の回収は続けられるでしょう。

その作品を機械学習した生成AIがそのまま誰にも利用されずに放置されるのであれば、機械学習(情報解析)されたことは、享受の目的での利用から生じる対価の回収に影響を及ぼさないかもしれません。

しかし、現実には作品を機械学習した生成AIがそのまま利用されずに放置されることなどありません。学習した内容を下敷きに、様々なAI生成物を生み出します。

現実問題として、その生み出されたAI生成物は享受の目的での利用から生じる対価の回収に影響を及ぼすはずです(生成AIの生み出した生成物に元の作品の表現が化体しているのか、作風のみが化体しているにすぎないのかの区別は難しく、実際のAI生成物の需要者は逐一その様な区別をせずにAI生成物を享受することも多いと考えています)。

このように、生成・利用行為は享受の目的での利用から生じる対価の回収に影響を及ぼし得るところ、学習行為(情報解析)は、その後の生成・利用行為のツールを生み出す、いわば生成・利用行為の出発点をなす行為であるにもかかわらず、30条の4の利用判断との関係では、生成・利用行為と切り離されて情報解析は非享受目的での利用であり、享受の目的での利用から生じる対価の回収に影響を及ぼさないと整理されることに強い違和感を覚えます。

30条の4の制定が検討されていた当時に議論された正当化の背景事情が、現在の生成AIを取り巻く環境を前提にしてもなお妥当であるかどうか、再度検討を要すると考えます。

2 「(2)AIと著作権の関係に関する従来の整理」「ウ 『享受』の意義及び享受目的の併存」(本素案8頁)について

「享受」を目的とする行為に該当するか否かは、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かという観点から判断され、その認定は行為者の主観に関する主張のほか、客観的・外形的な状況を含めた総合考慮によることを整理されたものと認識しています。

そもそも「目的」は人の内心であり、外部から客観的に判断することには自ずと限界がありますから、これらの「享受」という文言の判断・認定手法自体については、やむを得ないものと考えています。

ここで重要なことは、「享受」を目的とする行為に該当するか否かは、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得る行為ではなく、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であれば足りると整理された点にあると私たちは受け止めています。

生成AIに関する問題は、学習段階と生成・利用段階を分けた上で論じられ、学習段階については、情報解析であり非享受目的と整理されることが多いですが、既に述べたとおり、現実には作品を機械学習した生成AIがそのまま利用されずに放置されることはなく、学習した内容を下敷きに、様々なAI生成物を生み出します。

そのため、学習行為(情報解析)は、その後の生成・利用行為の出発点をなす行為と評価できると考えます。

作品を機械学習(情報解析)する行為それ自体は、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得る行為ではないかもしれませんが、機械学習(情報解析)後に、当該生成AIを用いて、機械学習に供された作品の表現を感得できるAI生成物が生成・利用され得ることに鑑みれば、生成AIにおける機械学習(情報解析)との関係では、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為と評価できると考えます。

なお、この指摘に対しては、享受の対象は、あくまで情報解析に要する作品自体であって、情報解析後のAIが生成した生成物に化体した情報解析対象作品の表現ではないという指摘があるかもしれませんが、このように解さなければ「得る行為」ではなく「得ることに向けられた行為」と明示的に記載されたことの説明は困難と考えます。

以上のとおり、現在の生成AIに関しては本素案が述べるところの「表現の享受」目的が存在している場合の方が多いと考えられること、学習行為(情報解析)は、その後の生成・利用行為の出発点をなす行為であることを踏まえ、現在の生成AIを取り巻く環境を前提に30条の4について再度の検討を強く求めます。

第3 「3.生成AIの技術的な背景について」について

1 「(3)AI開発事業者・AIサービス提供者による技術的な措置について」(本素案11頁)について

生成物が著作権侵害になるリスクの低減のために、生成AIの学習に用いるデータセットに含まれているデータについて、権利者等から、将来的な生成AIの学習に用いる際には当該データを学習用データセットから削除する要求を受け付け、実際に削除を行う措置を行っている事業者がいるということを記載いただいています。

このようなことが技術的に対応可能なのであれば、削除要求を受けた場合には削除を行うということをAI開発事業者やAIサービス提供者に対して制度として確立させるべきだと考えます。

情報解析に用いる大量のデータの1つ1つの著作物について個々に許諾を得ることはAI開発事業者やAIサービス提供者側に多大な負担を強いることになって現実的ではないということも、30条の4が規定する権利制限を認めた背景にはあったものと理解しています。

つまり、AI開発事業者やAIサービス提供者側の許諾を得る手間の軽減を権利者保護よりも優先しているということになります。

これ自体にも強い違和感がありますが、その上で、自らの著作物が学習に使われているかどうかを確認し、各AI開発事業者やAIサービス提供者に連絡する手間を全て権利者側が負担して、権利者側が個別に「AI学習に使わないでほしい」と許諾しない意向を示した場合にまで、AI開発事業者やAIサービス提供者の手間の軽減を優先する必要性はないと考えます。

そもそも権利者が許諾をしない意向を示しているということは、原理原則どおりにAI開発事業者やAIサービス提供者側が許諾を取得しに行った場合、許諾が得られなかった著作物だったというだけのことです。

よって、AI開発事業者やAIサービス提供者が迅速に他人の著作物を情報解析に用いることを一方で認めるのであれば、他方でそれによって制約を受ける権利者側の取り得る手段として、学習用データセットから削除する要求を受け付けた場合には実際に削除を行うことを権利と認め、利益の調整手段として確保するべきと考えます。

AI開発事業者やAIサービス提供者におかれましては、削除要請も想定した技術仕様の構築をお願いいたします。

第4 「4.関係者からの様々な懸念の声について」について

冒頭でも述べたとおり、私たちは、プロデューサー、監督、アニメーター、声優など、業界内の様々な職種で活動している者が集まって運営・活動をしているアニメの業界団体です。<クリエイターや実演家等の権利者の懸念>欄(本素案12〜13頁)に記載された①から⑤の懸念については全面的に同意、支持いたします。

ここでは、特に③に記載された懸念(生成AIの普及により、既存のクリエイター等の作風や声といった、著作権法上の権利の対象とならない部分が類似している生成物が大量に生み出され得ること等により、クリエイター等の仕事が生成AIに奪われること)について補足的に意見を申し上げます。

声に著作権はないと言われますが、声優の声やその声を用いた表現は声優の商品そのものと言っても過言ではありません。これはイラストにおける画風も同様であると考えています。

苦労して、魂を込めて、鍛錬の上で作り上げた「商品」の類似品(場合によっては粗雑なコピー品であることも多々あります。)が世の中に溢れることはやはり受け入れられるものではありません。

例えば、ブランド品のロゴ入りの粗製濫造された類似品が出回った場合、商標権侵害や不正競争防止法違反となり、そのブランドの品質に対するイメージを損なうことにも繋がることは言うまでもありません。声やイラストの作風といったものは、このロゴと同様に考えるべきではないか、保護されるべきではないかと強く感じています。

また、仮に声の模倣技術を放置したままですと、詐欺被害など声優だけにとどまらず広く一般の社会にも甚大な影響が起こると考えています。

私たちは、生成AIを頭ごなしに否定するつもりはありません。冒頭で言及した意識調査でも表れているように、生成AIによる業務効率化等に対する期待もあります。

しかし、この度実施されていた文化審議会著作権分科会法制度小委員会では、声優をはじめとする実演家や生成AIに懸念を表明しているクリエイターが有識者としてヒアリングの対象となることはなかったと認識しています。

生成AIという日々加速度的に進化する技術を前にして、日本の未来を考えるためには、実演家や生成AIに懸念を表明しているクリエイターの声にもしっかりと耳を傾けていただき、実際にその結果を制度に反映していただく必要があると考えています。

第5 「5.各論点について」について

1 「(1)学習・開発段階」「ア 検討の前提」「(ア)平成30年改正の趣旨」(本素案15頁)について

30条の4の規定を解釈するに際し、平成30年改正の趣旨を踏まえて解釈する必要があるという一般論については理解します。

しかしながら、平成30年改正が行われてから既に5年以上の時間が経過し、生成AIに関する技術は、私たちが想像する以上に加速度的な進化を果たしています。

現状を虚心坦懐に眺めると、日本のイノベーションは促進された側面は確かにあるものの、他面では既に述べたとおり、30条の4による不利益やデメリット、これに対する懸念の声が各所から噴出している状況です(30条の4のメリットやこれに賛意を示す声があることも認識しており、その多寡をここで論ずるつもりはありません)。

実際に文化審議会著作権分科会法制度小委員会でも、法改正を含め、現状に則した手当てが必要であることを示唆する委員もいたものと理解しています。

よって、平成30年改正の趣旨に拘泥するのではなく、方向転換を含め、改めて現状の生成AI技術を踏まえた上でどのような権利制限規定を設けるべきであるかを考える時期にあるのではないかと感じます。

2 「(1)学習・開発段階」「イ 『情報解析の用に供する場合』と享受目的が併存する場合について」(本素案16〜18頁)について

30条の4は非享受目的のみであることが必要であり、享受目的と併存する場合には30条の4が適用されないという一般論については、現行の30条の4を前提とする限り異存はありません。その上で、本素案では、享受目的が併存すると評価される場合について、具体例を挙げて整理されています。

しかし、整理いただいているとおり、30条の4は「非享受目的」であることを厳格に要求し、少しでも享受目的があれば同条の適用はないわけですから、「非享受目的」であると認められる場合の具体例を列挙し、それ以外は享受目的が非享受目的と併存するか、享受目的のみであると考えられるということを示す素案にすべきなのではないでしょうか。原則と例外が逆転しているかのような印象を受けます。

そもそも、著作物は著作者の思想または感情を創作的に表現したものであり、その本来的な利用は視聴覚等を通じて知的・精神的欲求を満たすという効用を得るという利用(すなわち、享受目的での利用)のはずです。

そして、既に述べたとおり、生成AIに関する議論は、学習段階と生成・利用段階を分けて論じられますが、両者を切り離すことはできず、学習(情報解析)後に、当該生成AIを用いて、機械学習に供された作品の表現を感得できるAI生成物が生成・利用され得ることに鑑みれば、学習行為(情報解析)は、その後の生成・利用行為の出発点をなす行為といえます。

現に、本素案でも、「意図的に当該創作的表現の全部または一部を生成AIによって出力させることを目的とした追加学習を行うため、当該作品群の複製等を行うような場合は享受目的が併存する」など、学習段階において享受目的が併存すると評価される場合を検討する中で生成段階を加味しています。

このように、そもそも著作物は享受目的での利用が本来的な利用であること、学習行為(情報解析)は、その後の生成・利用行為の出発点をなす行為であって、生成・利用段階で享受の目的を持っているかどうか加味されることなどに鑑みれば、「非享受目的」と評価される場合は極めて限定的になるはずです。

そうだとすれば、30条の4が求めるとおり、「非享受目的」になる場合の方を整理して、それ以外は享受目的か、享受目的が併存すると考えて30条の4の適用がないと考えるべきです。

本素案では、「享受目的」が認められる場合を整理して、それがなければ享受目的が併存しないかのような印象を与えており、「非享受目的」の範囲が不必要に拡大して受け止められる可能性があると考えます。

3 「(1)学習・開発段階」「エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について」「(イ)アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて」(本素案20〜21頁)について

「作風や画風といったアイデア等が類似するにとどまり、既存の著作物との類似性が認められない生成物は、これを生成・利用したとしても、既存の著作物との関係で著作権侵害とはならない」とのことですが、令和5年11月20日の文化審議会著作権分科会法制度小委員会(第4回)において、委員から「声」の保護に関する言及があったにもかかわらず、本素案ではこの点に何ら言及されていないことは大変遺憾です。

確かに、元来「声」それ自体には著作権はないと整理されてきていますから、著作権(著作財産権)に関する記載を主としている本素案で記載することは憚られたということなのかもしれませんが、その場合は「声の類似に関してはパブリシティ権の侵害となる場合がある」等の記載をしていただきたいと考えています。

また、声を使った実演については実演家の権利もあり、実演家の権利については102条の明文規定で30条の4が準用されています。したがって、声優、俳優、歌手など実演家の権利にも焦点を当てた記載が必要と考えます。

本素案により、図らずも声優の「商品」である声の悪用が促進されてしまうような事態が生じないことを切に願います。

4 「(1)学習・開発段階」「エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について」「(エ)本ただし書に該当し得る上記(ウ)の具体例について」(本素案22〜23頁)について

「著作権者が反対の意思を示していることそれ自体をもって、権利制限規定の対象から除外されると解釈することは困難である。そのため、こうした意思表示があることのみをもって、法第30条の4ただし書に該当するとは考えられない。」と整理されていますが、著作権者が反対の意思を示していれば、その意思を尊重するべきであると強く考えます。

そもそも著作権法は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」ものである(1条)ところ、30条の4をはじめとする権利制限規定も、公正な利用を促し、文化の発展に寄与することを目的とするものでなければならないはずです。

クリエイターはそれぞれ魂を込めて作品を生み出しており、その作品は自らの子供のようなものです。

それを他人に勝手に利用され、(それが具体的表現か、作風かはともかく)似たような生成物を無尽蔵に生み出せる機械に取り込まれてしまっている状況に対し、反対の意思を示しているにもかかわらず、これが受け入れてもらえないのであれば、その後に作品を生み出す意欲を失っても不思議ではありません。

これは著作権法が最終的な目標として掲げる「文化の発展」に明らかに逆行すると言わざるを得ません。クリエイター個人の意思が蹂躙されてしまうことは、そのまま文化の衰退に寄与する行為だと考えています。

5 「(1)学習・開発段階」「エ 著作権者の利益を不当に害することとなる場合の具体例について」「(オ)海賊版等の権利侵害複製物をAI学習のため複製することについて」(本素案23〜25頁)について

本素案では、「特に、ウェブサイトが海賊版等の権利侵害複製物を掲載していることを知りながら、当該ウェブサイトから学習データの収集を行うといった行為は、厳にこれを慎むべきものである。」と記載されていますが、これでは表現が弱いと感じます。

当該ウェブサイトが海賊版等の権利侵害複製物を掲載していると知りながらデータ収集を行うことは海賊版を助長する行為であり、明確に権利違反、犯罪に該当すると明記いただきたいと考えます。本素案にも別途記載のあるとおり、我が国の著作権法と海賊版は長い戦いの渦中にあります。

それにもかかわらず、敵に塩を送るような表現をこそ厳に慎んでいただきたいと考えます。

なお、例えばEUにおけるDSM指令では、「適法にアクセスする著作物または他の保護対象物」を学習対象として掲げており、海賊版等の権利侵害複製物を学習すること自体を認めていません。

長く海賊版との戦いを続け、少しずつでも着実な成果を上げてきた日本において、海賊版等の権利侵害複製物からの学習を看過することはおよそ背理と評価せざるを得ないと考えます。

6 「(1)学習・開発段階」「カ AI学習に際して著作権侵害が生じた際に、権利者による差止請求等が認められ得る範囲について」「(イ)学習済みモデルの廃棄請求について」(本素案26〜27頁)について

112条2項において、廃棄請求の対象となるものとして「侵害の行為を組成した物、侵害の行為によって作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具」が規定されているところ、AI学習により作成された学習済モデルは、このいずれにも該当しないため、AI学習により作成された学習済モデルについての廃棄請求は、通常、認められないと整理されています。

しかしながら、「その他の侵害の停止又は予防に必要な措置」として「侵害の行為を組成した物、侵害の行為によって作成された物又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具」ではないものとしての学習済みデータの廃棄を求めることも検討されるべきではないでしょうか。

また、現在の生成AI技術は学習済みデータと類似しないものを生成することも可能ですが、類似するものを生成することも可能であり、使い方によっては権利侵害を起こす可能性を十分に孕んでいる以上、一度これまでの学習データを破棄して白紙に戻してから、学習利用可能としている著作物のみを使用してデータの再構築を行うことも「その他の侵害の停止又は予防に必要な措置」として検討されるべきであると考えます。

7 「(4)その他の論点について」(本素案36頁)について

まず、「学習済みモデルから、学習に用いられたデータを取り除くように、学習に用いられたデータに含まれる著作物の著作権者等が求め得るか否かについては、現状ではその実現可能性に課題があることから、将来的な技術の動向も踏まえて見極める必要がある。」と整理いただいていますが、前述のとおり、現在の学習済みモデルは多くの著作権侵害を犯して作られたデータである可能性を拭いきれないと考えています。

そのため、30条の4の抜本的な見直しを図るとともに、著作権侵害が認められた場合であり、かつ、学習済みモデルから特定の学習データを削除することが困難な場合には、当該学習済みモデルの削除と再構築を権利者が求めることができるようにすることも視野に入れるべきではないかと考えます。

次に、「著作権者等への対価還元という観点からは、法第30条の4の趣旨を踏まえると、AI開発に向けた情報解析の用に供するために著作物を利用することにより、著作権法で保護される著作権者等の利益が通常害されるものではないため、対価還元の手段として、著作権法において補償金制度を導入することは理論的な説明が困難であると考えられる。」と整理されていますが、膨大な学習データを基にした生成AIにとって学習済みの著作物はいわば原材料です。

作成した学習済みモデルを使った生成AIで事業を行うなど、名目の如何に関わらず何らかの金銭の授受が行われる場合には、その原材料費は払われるべきであると考えます。

現在米国ではNewYorkTimes紙がOpenAI社とマイクロソフト社を相手取って損害賠償を請求する裁判を行っていますが、ここでも数十億ドルという莫大な金額の賠償請求が行われていると報道されています。

「生成AIは『大量の著作権侵害をベースにした事業モデルだ』」とするNewYorkTimes紙の主張に強く同意するとともに、学習データに使われた著作権者一人一人に対しても対価の支払いを行うべきであると考えます。

第6 最後に

機械学習のために著作権を制限することは全体の利益のために個人の権利を制限することに他なりません。画像/映像解析や診断など広く公共的/福祉的に使われる例は許容される可能性があると思いますが、現在の生成AIは公共や福祉というよりは事業性の高い(ビジネス的な)ものであると考えます。

つまり、この機械学習によって一部の企業や団体等が利益を得ることに対して個人の権利を制限せよと言われているように感じます。著作権を生み出し扱う人間の団体としてこの考え方には賛同できません。改めて、30条の4の抜本的な再考を求めます。

上述のとおり、著作権法は「著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする」法律のはずです。

未来の文化やイノベーションを育むのは、今はまだ小さなクリエイター達です。現状の生成AIがこのまま使われ続けるようでは、今後人間による芸術、クリエイションの範囲は狭まり、その道を志す人、極めようとする人たちも減ることが予想されます。

彼ら彼女らの未来、つまりは人類の文化の未来を守るためにも、ご一考をお願いいたします。