パブリックコメント「新たなクールジャパン戦略の策定に向けた意見」

内閣府 知的財産戦略事務局(コンテンツ担当)より募集がありました「新たなクールジャパン戦略の策定に向けた意見募集」に対して、NAFCAが提出したパブリックコメントを公開します。

目次

1.はじめに
2.(1)これまでのクールジャパン政策に関して
  (2)クールジャパン戦略の見直しにあたり
3.(1)日本のアニメ制作現場の実態
  (2)現場の人員不足
4.提言
  (1)崩壊の危機脱却のための人材育成支援
  (2)行政主導によるアニメIPの配分制度/本数制限の導入
  (3)クリエイター個人との契約について
  (4)海外売上強化のための施策
  (5)デジタルアーカイブの整備
  (6)アニメフェアトレードマークの導入、国産アニメの担保を
  (7)広義の育成― 一般公開のWS拡充や学校カリキュラムへの組み込み
5.デジタル化/生成AIによる影響
6.アニメーターの高齢化と業界改善のリミット
(参考)具体的な人材育成施策の提案
  育成モデル例1)原画アニメーター育成のための5人組制度
  育成モデル例2)動画(及び原画)アニメーター育成のための塾等教育機関の開設補助
  育成モデル例3)アニメーターのスキル可視化のための「スキル検定」の受検補助
  育成モデル例4)演出家、監督育成のためのセミナー講師補助
  育成モデル例5)制作担当、プロデューサー育成のための講師/OJT補助

1 はじめに

私たち一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟は、アニメ業界従事者やアニメファンにより構成されている団体であり、クールジャパン戦略の中でも特にアニメ産業についてのパブリックコメントを提出いたします。

アニメ市場は成長を続ける産業であり、日本動画協会の「アニメ産業レポート2023」によれば、市場規模は2023年度に3兆円に達する見込みで、わずか10年前と比べても実に6倍の大きさに成長しています。そしてそのうちおよそ50%は海外での売上と、日本国の貴重な輸出産業と言えるでしょう。また、世界のアニメ市場で日本アニメが占める割合は6割と言われており、日本のコンテンツ力の強さが伺えます。

しかしその一方、国内でアニメを制作する企業に目を向けてみると、その市場規模は2022年度で2,703億円と、関連市場の1/10にも満たない数字に落ち込んでしまいます。

私たちNAFCAは、クールジャパン政策を見直す上で、この数字のギャップに十分な留意が必要であると、強く主張したいと考えています。

本パブリックコメントでは日本のアニメ制作現場の実情と課題を紹介し、これから見直される「新しいクールジャパン政策」が課題を改善に向かわせ、日本アニメが世界で名誉ある地位を担い続けるための提言を行います。

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(1)これまでのクールジャパン政策に関して

2013年に本格的に開始されたクールジャパン政策が、アニメ制作現場でどのように受け止められてきたかを簡単に報告いたします。

率直に申し上げて、この10年間でアニメ制作現場にお金が降りてきた、あるいは公的な投資によってなにがしかの問題が解決されたという感覚は、非常に乏しいと言わざるをえません。確かにクールジャパン政策の影響もあってか、海外で日本アニメが多く観られるようになると共にアニメをきっかけに訪日する外国人観光客も増えたと言われており、これは非常に嬉しい変化です。

しかし、私たちアニメ業界従事者は、国が主導するクールジャパン政策を通して、労働環境や資金繰り、人材育成の問題など、なにがしかの問題が解決されることを期待していました。海外への「アニメ輸出」が急成長するなか、「なぜクールジャパンの恩恵が、アニメ業界従事者のところに還元されないのか」という視点から施策の行方を見守っていた関係者も多いはずです。

日本アニメの人気と輸出高が順調に拡大していく陰で、現在に至るまで「アニメの制作現場はブラックだ」という報道が続いているのは周知の事実です。

詳細は後述しますが、いまや国内のアニメーターの労働問題は、非常に重大なコンプライアンスリスクの一つであるといえるでしょう。クールジャパン政策の実施にあたっては、国益や今後伸ばすべき産業の未来を考えた投資先の選定を、慎重に、適切に行うことを望みます。それは日本のアニメ業界の未来を決めるに等しい、重要な意思決定であると私たちは考えます。

クールジャパンの中核事業のひとつと見なされるクールジャパン機構(海外需要開拓推進機構)は、この10年間で309億円、1年間でおよそ30億円の投資赤字を出しています。 もし仮にこれらの金額をアニメーター個人に何かしらの形で直接支援することができていれば、5,000人いると言われるアニメーターの所得を年額で70万円程度増やすことが可能であったとも考えられます。

もちろんこれは極端な例ではありますし、給与や報酬、待遇の改善に直結するものではありませんが、少なくとも業界に大きなインパクトを与えることが出来た金額であるといえるのではないでしょうか。

クールジャパン戦略により輸出するアニメの品質を支えるのは現場のクリエイターに他なりません。ファンドの役割とは別に、今後はコンテンツを支える現場のクリエイター達への投資も十分に行われることを願っています。

(2)クールジャパン戦略の見直しにあたり

クールジャパン政策は、多くの省庁にまたがって予算がつけられてるうえ、似たような名前やキャッチフレーズで似たような事業を行う法人や会議が乱立しているためか、極めてその実態が見えづらくなっていると感じます。

これでは、本当に政府の投資によってアニメの輸出が増えたのか、検証可能性が低い状況にあるのではないでしょうか。これを可視化するため、市場ごとの資料作成を提案します。

例えばアニメ市場向けの資料であれば、関連する省庁(内閣府、外務省、経産省、文科省など)のすべての予算措置について、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)の観点から一覧化し、第三者委員会による検証を実施するべきであると考えます。

民間企業とクールジャパン機構が共同で設立したアニメ配信会社「アニメコンソーシアムジャパン」(出資額は10億円)や衛星放送会社「WAKUWAKU JAPAN」(同44億円)など、損失を出してしまった過程の検証も、冷静に誠実に実施し、広く国民にオープンにするべきではないでしょうか。

損失が出たことが即ち悪いあるいは失敗であるとは思いませんが、今後の新しい政策立案をより実地に沿った効果のあるものにするため、過去の政策の検証は必要だと考えています。

(1)日本のアニメ制作現場の実態

日本のアニメ制作現場では、カネ、ヒト、モノの全てが足りていません。

現在私たちNAFCAではアニメ業界従事者の労働環境の実態調査を行なっており、第1回の調査では2024年1月23日までに311の回答が集まっています。(その後2024年1月31日で回答を締切、合計323件の回答を得ました。この結果は別途公式サイト等にて公表いたします。)

これによるとアニメ業界従事者全体の約40%が240万円以下の年収で仕事をしており、特に20代30代の若手では240万円以下が約50%を占めるなど、日本全体の給与水準と比較してもその低さは明らかです。

さらに労働時間も、68.7%が8時間以上、27.9%が10時間以上働いており、この超の付く長時間労働は、50代まで年齢を重ねても、さほど改善される傾向はありません。

これらアニメ制作現場が困窮する原因の一つに、2000年代初頭以降に主流となった製作委員会方式があるとも指摘されています。委員会が組成される以前はいくつかの企業が製作主となりTVシリーズや映画のアニメ作品を製作していましたが、アニメ作品はヒットを予測することが非常に難しく、大きなリスクが伴っていました。

しかし2000年代初頭頃から、複数の企業が合同で組織する製作委員会方式によって各社のリスクを低減することが可能となり、その結果、アニメ化できる作品数が爆発的に増加しました。この方式は広報・広告戦略の側面からも非常に有効で、世界アニメ市場を牽引する現在の日本アニメの基礎を作ったと言えるでしょう。

その一方で、アニメを制作するスタジオの多くは、資金的な問題等から製作委員会に入ることは稀であり、作品が爆発的にヒットしたとしてもスタジオ(アニメ制作の現場)のクリエイターが大きな見返りを受け取りづらい状況がこの20年間で固定化されてしまいました。

制作スタジオの多くは、アニメ作品の特定話数や劇場作品の一部などを一括受注する「グロス受け」と呼ばれる仕事の受け方を中心としていますが、そのほとんどが買取契約です。アニメ作品が財産権を含む著作権を有する著作物であることを考慮すると、制作スタジオにIP(知的財産権)の一部権利すら持たせない業界の慣習には、業界内外から疑問の声も上がっています。

(参考資料 日本総研「わが国アニメ産業の現状と課題」https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=106995

(2)現場の人員不足

このような状況にあって、アニメの制作現場では人員不足、人員のスキル不足が深刻な問題となっています。

2000年には年間に100本程度、2010年にも200本足らずだった日本アニメ作品は、2014年には300本を超え、ピーク時の2016年には361本が、2021年にも300本強と20年で3倍以上の本数が製作されるようになりました。

一方で現場で一枚一枚絵を描くアニメーターは、2010年に4,500人程度とされており、2020年でもその数は5,200人程度と大きな伸びはありません。

製作される本数が10年で1.5倍に増えているにも関わらず、作業にあたる人員が比例して増えていない状況では、当然に人員不足が起こります。その結果、コンテンツ業界にとって何より大切な「人材の育成」に労力を割くことができなくなりました。

新人や中堅のスキルを伸ばすことができなくては、コアとなる仕事をこなすことのできるベテランの負担は増すばかりで、このまま技術の承継が進まずにいれば、遠くない将来に日本アニメの技術が途絶える可能性すら出てきています。

同様のメディア芸術として漫画という文化も日本の強いコンテンツであるためしばしば比較されることがありますが、漫画は通常1人〜数名程度の原作者と、同じく数名程度のアシスタント及び編集者のみの少人数のグループにより制作されるのに対し、アニメは1話を制作するためにも数百人が関わる必要があります。その面で大きな違いがあるため、公的な支援の質と量も違うものが必要であると考えています。

さらに昨今、視聴者や製作委員会は非常に高い作画のクオリティを求める傾向にあります。求められるクオリティを実現するための人員もスキルも圧倒的に不足している状況では、現場のクリエイター、特にベテランや技術の高いアニメーターの疲弊が必然的に生じることになるのです。

スキルのある人材不足により海外へ一部作業を発注したり、研修も受けていない未経験者を現場に出さざるを得ず、その結果リテイク(絵の修正)が高頻度で発生するようになりました。

リテイクとは、ベテランや技術の高いアニメーターがひとつひとつ手作業で直すという大変な作業であり、本来必要の無かったはずの無駄な労働が生まれてしまうのです。これらの状態は単にベテランが疲弊するというだけでなく、無駄な修正費用が生じるため、結果として単価が上がらずアニメーター個人への分配が増えない、あるいは手を抜きながら枚数をこなす人間が多くの報酬を受け取るという歪な現象を生んでいます。

「無駄な修正作業」というのは労働時間の面でも費用的な面でも無益どころか有害であるともいえ、業界の健全な成長を妨げていると言っても過言ではありません。これらは全て、業界の人材育成の失敗に端を発しているといえます。

いまアニメの制作現場は、崩壊の危機に直面しています。
そこで私たちNAFCAはクールジャパン政策の枠組みの中で以下の解決策を提案いたします。

4 提言

(1)崩壊の危機脱却のための人材育成支援

これら負の連鎖を脱却し、今後も日本アニメが世界で強い影響力を持ち続けるためには、国の後押しが必須であると考えます。具体的には、人材育成のための補助金を拠出してクリエイターの裾野を広げ、真にスキルの高いクリエイターを増やす手助けをしてほしいと考えています。

アニメ業界の人材育成のための職業訓練校(専門学校等)も存在しますが、残念ながらそのレベルは高いとはいえず、卒業した生徒たちは現場で即戦力として活躍できるわけではありません。学校の経営を考慮した場合には止むを得ない事情もありますが、厳しい教育が忌避されがちな昨今では、たとえ専門学校等を卒業していたとしても現場での教育が必要となっています。

しかし、前述したように、予算も人員も枯渇しているスタジオには、教育のためのリソースを割く余裕がないため、その支援を公的に行う必要が生じていると考えます。

※具体策については本パブリックコメント最後尾に添付してあります。

(2)行政主導によるアニメIPの配分制度/本数制限の導入

先述の通り、現在は製作委員会がアニメ作品のIPを占有しているため、作品が大ヒットしても、制作現場に利益が還元される仕組みがありません。製作委員会の功績は否定すべくもありませんが、今後も世界から愛される日本のアニメ産業を維持し、発展させるためには、IPの配分についての再検討が必要な時期に来ていると考えています。

すでに一部の制作スタジオは、IPの権利獲得に向けて動いていますが、法的根拠の曖昧な製作委員会との交渉は難航を極めているとの声も聞こえます。これらの遠因として、日本のアニメーターの多くが労働運動や契約の知識を十分に身に着けることができず、また積極的に学ぶ機会もなかったことも考えられるかもしれません。

大きく作品がヒットした際には、製作委員会がヒットに比例した利益の還元を下請けのスタジオやクリエイターに行うようなルールづくりは、本来は業界の自助努力でなされるべきものといえるでしょう。

しかし、もはや官民一体となってクリエイターに利益を還元する方法を模索していかなければ、低賃金の問題は解決されず、結果的に日本のアニメ産業は持続的なものではなくなります。それを放置すれば、世界における日本アニメの特別な位置も、その土台から崩れていってしまうことになるのではないでしょうか。

そこで私たちは、行政府が主導し、出資額に関わらずIPの3割程度を制作会社が持つような制度を導入するべきだと提案します。

現在の製作委員会方式では、出資者がその出資金の比率によって利益の分配を得る形になっていますが、財産権を含む著作権は本来手を動かした者に生まれる権利のはずです。製作委員会と制作会社の関係では、制作されたアニメは職務著作にあたらないと考えられるため、制作会社にはアニメ制作に関する「みなし出資」を認め、IPの一部譲渡ができるような仕組み、モデルが必要です。

同様に、現在のアニメ業界の需要過多の問題、すなわち業界従事者の人数に対して製作本数が多すぎる問題に関しても、国が主導して製作本数制限を設けることがクリエイター、ひいては日本アニメのクオリティを守ることにも繋がると考えます。

民間の事業者が話し合いによって本数を減らそうとすれば、独占禁止法に抵触する可能性があります。さもなければ、不利な条件で受注する企業が現れて、低クオリティの作品を乱雑に仕上げ、日本アニメのブランドを毀損する可能性も高いと考えられます。

現在のアニメ業界には、人材が育つまでの時限的な措置としての本数制限が必要です。クールジャパン政策の実施においては、これらの制度を導入するための制作会社を対象にした勉強会の開催や、法務相談窓口の開設などを切にお願いしたいと考えています。

(3)クリエイター個人との契約について

また、クリエイター個人へのロイヤリティ確保も必要です。アニメ業界ではオリジナル作品のキャラクターデザインであっても、慣習によりそのほとんどは買取契約となっています。つまりキャラクターデザイナーの収入に、作品のヒットやグッズの販売との相関関係が一切ないのです。

デザイン費用が高額であればまだしも、現在提示される金額は決して高額であるとは言えません。コンプライアンスリスクを解消する観点からも、キャラクターデザイナーに著作権を認め、キャラクター使用に関するロイヤリティを支払うことは必須であると考えます。

ベテランへのロイヤリティ支払いは、働き続ける以外の方法で収入を確保することにも繋がります。これにより後進の育成に使う時間的余裕ができるため、業界全体の持続的な発展のためにも極めて有益であると言えます。

さらに、現在のアニメ業界では、労働の対価や納期、権利関係についてなどを規定すべき契約書の締結が行われていないことがほとんどであり、いわゆる「フリーランス新法」への対応も遅々として進んでいないケースが散見されます。

日本アニメの土台を担うクリエイター達が不利な条件での契約を進めないためにも、持続可能なクールジャパン政策の一環として、個人クリエイターのための契約に関する啓発セミナーの開催、相談窓口の設置及び周知、そして行政の監視の仕組み作りなどの実施を、あわせて提案いたします。

(4)海外売上強化のための施策

世界における2Dアニメの中での日本アニメの占有率は60%を超えるとも言われています。世界での市場規模、そしてその成長率を考えると、日本アニメの潜在的な市場規模はまだまだ広がる余地があります。

それらの海外売上を強化するためには、日本のアニメ業界従事者を積極的に海外に派遣することが2つの面で有効だと考えます。

 ・海外アニメファンの拡大に寄与する

 ・日本のクリエイターが海外を体験することによってクオリティが向上する

海外で実施されている日本アニメ関連のイベントでは、主催者が個人クリエイターに依頼して招聘することもありますが、ごく小規模なものに収まっています。またそれらに日本のアニメ関係社が出展することもありますが、多くは作品の紹介であり、クリエイターの紹介とは言えません。

現場の第一線で働くクリエイターを海外に紹介してこそ、さらに多くのファンが獲得できるはずだと考えます。

また、海外ファンがどのようなファンサービスを求めているのかを改めてリサーチし、要望に沿った人材の派遣を行うことで、熱狂的なファンも多く増やすことができるでしょう。

クールジャパン政策の一環として、海外アニメ関連イベントへの渡航費および滞在費の補助があれば、現地のファンに歓待され、さらに多くの日本アニメファンを獲得することのできるアニメーターはたくさん存在します。

さらに、現在は製作者側のIP管理が強すぎるため、海外イベントに招聘されたクリエイターが既存コンテンツの絵を描くことが許されないケースが多くみられます。せっかく海外の方がクールジャパンに触れるチャンスを放棄せざるを得ない状況にあるのです。ここでも、国が主導して海外でのIP管理の在り方を示し、管理窓口の設置を各IPホルダーの企業へ促すなどの施策も有効であると考えます。

(5)デジタルアーカイブの整備

世間の潮流と同様に、現在はアニメの制作現場もデジタル化が進んでいますが、2000年頃まではセル画を使用したアニメ制作が行われていました。

セル画などのいわゆる中間素材は、大変残念なことに、その歴史的文化的価値にも関わらず、廃棄されるか海外に売られることが非常に多い状態です。

かつての浮世絵のように、その多くが海外に流出してしまっては、わが国の文化財を、わが国の国民が身近に鑑賞、学習することが難しくなってしまいます。

アナログのセル画を国の機関が管理し、アニメ業界の志望者や一般学生なども自由に閲覧、学習できるように整備していただきたいと提案します。

デジタルだけでなく物理的な素材については作品の舞台になった土地など、所縁の地域で管理・公開を行うことで、地方創生にもつながります。ひいては聖地巡礼の目的地として、インバウンドの獲得にも繋がるでしょう。

(6)アニメフェアトレードマークの導入、国産アニメの担保を

これまで取り上げてきたアニメ業界の諸問題は、いまや海外にも広く発信されています。フェアトレードの精神や人権デュー・ディリジェンスを重視する風潮が強い欧米では、作品の不買運動や流通制限に繋がる可能性もあると言えるかもしれません。

国内のアニメ業界従事者の地位を向上させ、安心安全な労働環境を確保することは、日本アニメの価値を維持・向上させるとともに、大きなリスクを回避することにつながると考えます。

この喫緊の課題を解決するため、行政が主導し、多くの課題に一定の解決基準を設け、基準をクリアしたアニメに「アニメフェアトレードマーク」をつける解決策を提案したいと思います。

また、ここまで述べてきたように日本アニメはいまや重要なソフトパワーとなりました。 しかしながら、すでに日本アニメはスポンサーを外国資本に依存しつつある傾向にあります。 海外の考え方や規制が日本アニメに強く影響しすぎてしまうと、ソフトパワーとしての価値を失うおそれがあるとも考えられます。

外国からの投資を呼び込むことを否定はしませんが、クリエイターが自由な創作に打ち込むためにも、国内企業を「日本のコンテンツを支えるスポンサー」に誘導するような環境を整備するべきであると考えます。

さらには、外国資本のプラットフォーマーが日本のコンテンツを世界的に普及させるのに一役買ったことは間違いありませんが、これには日本のアニメが安く買い叩かれているという側面もあります。 プラットフォームが外国資本である以上、「表現の自由」面からのリスクも存在します。

国内の労働環境を改善するのと同時に、資本面での国内企業支援も視野に入れた検討をお願いいたします。

(7)広義の育成― 一般公開のWS拡充や学校カリキュラムへの組み込み

日本の若年層でアニメを見ない人は少ないと言われますが、アニメの制作過程についてはなかなか知られていません。

若者がアニメ業界に入りたいと希望した際に何をするべきかが不明瞭であり、それは業界への参入障壁になっています。

若者が真の意味でアニメと身近な関係を持つために、学校の長期休暇などを利用して、アニメーター等による学生向けの定期的なワークショップ開催を提案します。

また、初等・中等学校等のカリキュラムに、アニメ作りの基礎についての授業を組み込むことを検討してほしいと思います。学校の現場では著作権も限定解除されますし、タブレットを持つ子どもたちにとって、動画コンテンツの需要は非常に高く、情操教育にも適した作品は多く存在します。

学校カリキュラムについては、2017年に初のアニメーション作品を制作したばかりのサウジアラビアで、すでに導入が始まっているとの情報もあります。

(参考:https://www.arabnews.jp/article/arts-culture/article_91058/

ただアニメを鑑賞するだけではなく、その作り方にも意識を向けることで、日本が世界に誇るアニメをより身近に感じてほしいと考えます。

5 デジタル化/生成AIによる影響

アニメの黎明期から考えると、現在のアニメ制作現場は信じられないほどにデジタル化が進んでいます。特に着色、撮影などの仕上げ工程においてはデジタル化の恩恵が深く、時間短縮とクオリティ向上の両面での成果が伺えます。
その一方で、最多の人数が関わっている作画工程に関してはデジタル化で時間的クオリティ的向上が見られたとは言い切れない現状があります。

これらは強引なデジタル化を進めた結果ワークフローに大きな混乱が起きたこと、中高年層であるベテランが対応しづらい難解なソフトが目立つこと、デジタル作画の統一規格がないことなども要因であり、安価に使えるアニメ制作に特化したソフトの開発が待たれています。この開発に関してもアニメ業界拡充の一手としてクールジャパンでの補助があることが望ましいと考えます。

統一規格決定のためには広く深い希望調査が必要であり、現場のスペシャリスト複数人が検討チームに入ることも肝要であると考えます。そのための体制作りの後押しをぜひご検討ください。

ただしこれらの理想的なツールが開発されたとしても、アニメーターとしてのスキルを獲得する最初期には紙での基礎トレーニングが必要であると考えます。これも今後NAFCAにて調査を行う予定ですが、紙と鉛筆でキャリアを始めてデジタルに移行した人と、デジタルから始めた人ではその実力に大きな差が出てしまっているとの意見も多く聞かれます。

作画のスピードと質を保ちながらアニメ制作を続けるためには紙と鉛筆でのトレーニングが必要であることは念頭に置いていただければと考えます。

他方生成AIに関してはまだまだ現場に即さないと認識しています。NAFCAにおいては2023年6月に「生成 AI に関する意識調査」を実施いたしましたが、(参考:https://nafca.jp/survey01/

その結果を見ると、現状の生成AIでは学習データの安全性が担保されていないため、商用アニメに使用することはリスクが大きく懸念が残るというのが現在の業界の大まかな総意であり、業界団体として学習データのクリーンネスを強く求めます。

また、いわゆる「ゆらぎ」が多いなどクオリティにも問題があるため、まだ実用に耐えるとはいいがたいでしょう。

日本のアニメは手書きだからこその良さがあります。それを損なわずにAIを使って作業効率を上げていくためには、作画工程よりもむしろ制作管理の面でのAI利活用が望ましいと考えられます。

6 アニメーターの高齢化と業界改善のリミット

現在の日本のアニメ制作現場を支えている屋台骨となっているのは、スキル的にも人数的にも1990年代に日本アニメを世界レベルへ押し上げた世代から活躍している、50代や60代のアニメーターたちです。しかし彼ら彼女らもすでに引退する年齢に差し掛かってきており、この世代が抜けた後の日本アニメは現在のクオリティを維持することは極めて難しくなると言われています。

そのため、人材育成や業界改善は今やらなければいけない喫緊の課題であると言えます。業界を長く支えてきたベテランのアニメーターたちには今後の業界を担う若手の育成に注力してもらいたいと考えています。そのためにはやはり彼らの収入を保障し、育成に専念できる環境の整備が必要です。

年間1,000人のアニメーターを育成できたとしても5年後10年後に業界を支える人材となれるのはそのうちの2割程度であると考えた場合、この支援策を最低でも10年間は継続し、2,000人のアニメーターを業界に排出、10年間でアニメーター人口の1.7倍程度への増加を目指さなければなりません。

またその間には業界内部でも利益分配構造の改善など業界の健全化に取り組むことが必要であり、日本アニメのクオリティを落とすことなくアニメ市場の維持・拡大を目指して、我々も声をあげていきたいと考えています。

(参考)具体的な人材育成施策の提案

育成人数目標:アニメーター1,000名/年間
 ※日本のアニメ制作スタジオ総数は600〜700社。非常に小規模な事業者も多いため、平均して1.5名程度の育成受け入れを想定。
方式:育成モデルを策定し、モデル通りに進行する企業/個人へ補助金を拠出する
期限:対象者1名に対して最長3年程度。それ以降は独り立ちしてもらうことを前提とする

育成モデル例1)原画アニメーター育成のための5人組制度

中堅以上のアニメーター3人に対し新人を2人配置する。
新人2人の仕事を中堅以上の3人がチェック、修正などのフォローをすることで仕事をこなしつつ育成を行う。
ただし新人の仕事量に対しての給与・報酬額が生活できる水準に満たない場合が多いため、20万円×2名/月 程度の補助金を拠出し、雇用を維持しながら制作ラインを止めないような支援を行う。
※本モデルでは文化庁の「あにめたまご」事業を参考にしています。
https://animetamago.jp/about.php

育成モデル例2)動画(及び原画)アニメーター育成のための塾等教育機関の開設補助

動画作業のほとんどを海外に依存している現状から、動画アニメーターの育成を育成モデル例1のように現場で行うことは難しいとも考えられる。そのため、スタジオに併設、あるいはフリーランスや引退したアニメーターを講師とした塾など教育機関の開設を促し、それに対する補助を行う。動画アニメーターを主軸とするが、原画アニメーターも同時に育成できると尚良い。
講師に対する補助だけでなく受講料の無償化及び奨励金として受講者への助成も同時に行うことにより経営を担保することで、生徒を「お客さん」化させず現場で通用するスキルを育成することを目指す。

補助内容:講師に月額40万円/人程度の補助、及び事務関連費補助を行うことで授業料の無償化を行う。さらに受講者へ月額20万円/人程度の奨励金を拠出し、スキル獲得に専念できる環境を作る。
※本モデルは既に「東映アニメーションアカデミー https://www.toei-anim.co.jp/academy/?fbclid=IwAR2bga1wkbumO698DzdqEhvCTWWMkt9pqa1b7Zuu7r0zEbfCq7pgUPeZgn0」として民間で実現している。しかしこれほどの資金力のある制作会社はごく稀なため、国としての補助が必要であると考えます。

育成モデル例3)アニメーターのスキル可視化のための「スキル検定」の受検補助

育成モデル例2における課題として、現状既に人員不足が大きく叫ばれる中で現場レベルの教育を行える講師の確保、および大規模な教育現場の創出には課題が残る。
そういった現状をカバーするために、アニメーターを育成することを目的とした高レベルな「スキル検定」の受検補助を行い、検定のための訓練をすることで基礎的なスキルと知識をつけてもらうことを狙う。
また、現在のアニメ制作現場ではスタッフ一人一人のスキルのレベルが可視化されていないため、発注のミスマッチなども起こりやすくなっている。これらのミスマッチを無くして無駄なリテイクを減らすため、あるいはより挑戦的な画面作りに挑むための目安としての検定活用も業界の改善のためには必要である。

補助内容:受検料全額補助、試験合格者がアニメーターとして仕事をする場合に2万円/月 程度の補助を個人に行う。

育成モデル例4)演出家、監督育成のためのセミナー講師補助

アニメーター同様に演出家、監督の質の低下も大きな問題となっている。しかし学生に向けての教育の前に現役で仕事をしている若手の育成が急務である。そのため民間で既に私塾等も開設されているが、その数を増やし育成人数の拡大を狙う

補助内容:講師に対しセミナー開催一回につき10万円程度の補助を行う

育成モデル例5)制作担当、プロデューサー育成のためのセミナー講師/OJT補助

アニメ制作現場を進める上で要となるのが制作進行やデスクと呼ばれるスケジュール管理担当や全体を俯瞰するプロデューサーである。しかし彼らも例に漏れず人員不足により専門知識が育っていないまま現場投入される例が散見される。そのためモデル例4と同様のセミナー補助と、より実地を見るためのOJT採用及びその補助を行う。

補助内容:講師に対しセミナー開催一回につき10万円程度の補助を行う。OJTとして採用した者には月20万円/人程度の給与補助を行う。